昭和8年、小作農の家に生まれる。
今日、明日の食べ物を繋ぐために、痩せた畑を耕すことに必死だった毎日。
父は戦争で出征しており、食べ盛りの兄弟が7人。
小学校の6年生の時、第二次世界大戦の終戦を迎える。
学制が変わり、昭和22年に中学2年生として編入。
半日授業の傍ら、畑仕事に精を出す。
母も姉も、ずっと働きずくめだったから、勉強しろなどと言われた
こともないまま中学を卒業。
17歳の時の夢は、一坪の土地でも、一台の自転車でもいいから、
自分のものが欲しかった。
食べていくのに精一杯の日々に、5千円10回払いのローンを組み
ホンダのバイクを購入。父の仕事を手伝い、庭石を積みバイクで
走り回っているところ、5万円の庭石が売れる。
当時の日当ががんばって500円の時代。
父が創業した「植新」を継承し、昭和36年「北尾造園」と命名。
翌年に車の免許を取得し、一台のダットサンを手に入れる。
看板屋さんに依頼し、「北尾造園」の筆文字を入れてもらう。
その時のうれしさは、今でも覚えている。これが、創園建設の前身。
これまで、私は学校も、仕事も、配偶者さえも
「選ぶ」ということがありませんでした。趣味すら仕事の延長線上。
振り返ってみたら、ずっと働いていた。
熱意を持って仕事と向き合っていると、必ず何かしらの発見がある。
今でも気づきがあるのだから、そうして人は成長して
いくのだろうか。だから、働くのを止めろと言われても止められない。
年を重ねるごとに感動の質も大きくなってきたようだ。
私はその発見の感動を伝え、残したいと思うようになり始めている。
人生は、出会いによって創られていく。
すべてが「縁」の積み重ね。
そう思える私の人生は恵まれていると言えるのかもしれない。
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